時折思い出す言葉
2012.01.25 Wednesday*
JUGEMテーマ:つぶやき。
こんばんは。
近頃めっきり寒くなり、こたつむり全盛期の私です。
冬の寒い日のゴロゴロほど、幸せを感じるものってないですね。
皆さま、体調はいかがでしょうか?
インフルエンザが15日の段階で、1週間前の感染患者の2倍数へと増えているらしいです。
お気を付けくださいませ(*- -)(*_ _)ペコリ
さて、表題の『時折思い出す言葉』でありますが・・・。
8年くらい前の話になるかと思います。
当時まだ会社勤めをしていましたが、徐々に悪化する体調+原因や効果のある治療を見つけられない時期のことでした。
ある日仕事中に、会社のドアに手を挟みそうになり慌てて引っ込めたのですが・・・はずみでバランスを崩し、真後ろに転倒してしまったことがあるのです。
当然の如く全身を強打してしまいました。
あろうことか、コンクリートの床に。
後で行ったお医者さんの話では、脳貧血も起こしてしまっていたようで・・・。
ラッキーだったのは、頭部に当たる部分にプラスチックのごみ箱があり、頭だけは強打せずに済んだことくらいで。
自力で起き上がったものの、すぐにも意識朦朧、歩ける状態ではなくなってしまい。。
会社の人に人生初の『お姫様抱っこ』なるものをされ、2Fの休憩室まで運んでもらって、いろんな人の上着とストーブで体を温めながら、ソファーにぐったりと横になっていました。
その時私が『両親には知らせないで欲しい』と言ったとき。
同じ事務の仕事をしていて先輩でもあるRさんに(私は派遣→パートとして勤めていましたが、Rさんは正社員で経理職という違いはありましたが・・・)『こんなときくらい親を頼りなさい!!!』と怒られたのです。
もちろんそれまで仕事で誰かに怒られた経験など、ほぼ皆無でした。
新卒で務めた会社での入社前研修の時、人事課長に「もっと早くこい」と注意を受けたくらいでしょうか。
とにかく私は、誰かに怒られないように先回りする嫌な気質があるのも手伝って、成人してから怒ってくれる人など居なかったのです。
それまで、両親というのは私にとって「気を使わなければならない存在」であり、幼いころから「叱られないようにする」のが私の常でした。
心配をかけるようなことはしてはいけないと、頑なに思い続けていたのです。
しっかりしているフリをし続けてきて、大丈夫じゃないのに大丈夫なフリをする。
そんな私にとって、Rさんの言ってくれた言葉は本当に心に沁みるものでありました。
今ではすっかり年賀状のやりとりしかなくなってしまったRさんですが。。
その言葉を忘れることはありません。
時折思い出しては、自分にとっての家族というものや、ムリをしない生き方というのを考えさせられます。
怒ってもらえること、注意してもらえることが、こんなにも嬉しいものだったと知ったのも、Rさんのお陰のように思います。
今はまた怒ってくれる人もおらず・・・自堕落な毎日を過ごしています

愛のムチが欲しいと思う、今日この頃。。





」







)
」との決意を新たにし、延々ひたすら座りにくい椅子で待ちました。

